幸せになるか、幸せを遊ぶか

「幸せになろうとしたら、
幸せになれない」

これは、自己啓発や
スピリチュアルの中でも、
視点の高い人が話すことです。

なぜ、幸せになろうとしたら、
幸せになれないのでしょうか?

それは、
「幸せになろう!」と思う
=「今は幸せじゃない」
と無意識で思っているということです。

なので、
そこから幸せになったとしても、
また不幸せなところ、
不足しているところ、
などに目がいきます。

もちろん、その人生が悪い
ということはありません。

ですが、
足りない→満たす
という自分のパターンを
繰り返す人生になります。

こうした人生のパターンで
生きていると、

「自分とは何か?」
「人生とは何か?」

という本質的な答えに
たどり着けません。

なぜなら、
そのパターンの中で、
この質問の答えを探すからです。

こうした質問には、
自分のパターンの外から
見ないと、答えが分かりません。

ですが、そこまで視点を
上げると、本当の幸せが
見えてきます。

そこまでいくと、
「幸せになる」レベルを超えて、
「幸せを遊ぶ」レベルになります。

これは、私の比喩ですが(笑)

幸せになるということは、
いつまでいっても、
”不幸せとセット”ということになります。

これは幸せという基準があるということは、
これは不幸せという基準もあるということです。

最初は、500円のランチで幸せを感じていた人も、
お金持ちにバカにされて、5000円のランチで
幸せを感じるようになったとします。

すると、500円のランチを食べている人を見ると、
昔の自分を見ているようで、嫌悪感を感じる
ようになる人もいます。

こうなると、幸せ不幸せのゲームに
振り回されていることになります。

自分の気持ちに敏感にならないと、
なぜ、この状況でこんな反応をするのか?
という自分が分からず、振り回されてしまいます。

なので、視点を高めて、5次元まで高めると、
幸せ不幸せのゲームですら外から見れるので、
自分の感情から自由になれます。

ここに、この体を超えた幸せがあります。